【読書のメモ】ドールハウス

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基本情報

【作品名】 ドールハウス
【著者】 姫野カオルコ
【初版発行】 1997年7月 
【ジャンル】 小説

あらすじ

常軌を逸した強権の父と、身を飾ることを狂気じみて嫌悪する母。
一人娘の理加子は29歳になっても「不良になるから」と、髪をのばすことも、気ままに電話することも禁止されている。
そんな理加子の前に、仲のよい家族のもとで育った江木という男が現れ、強引に接近してくる。
理加子は初めて「男性とつきあう」ということに向かい合うが、毒親の呪縛が立ちはだかる……。
初版1992年、「毒親」という言葉がまだなかった時代に、毒親育ちの葛藤を描いた先駆けの小説。

ドールハウス (角川文庫)

感想

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姫野カオルコ氏の処女3部作の第1作目で、「喪失記」「不倫 (レンタル)」と続きます。

【ドールハウス】のテーマは家と個。
主人公は個を完全に無視され、家のため、親のためだけに生きろという奴隷の扱いを幼少期から29歳まで受けつづける(本書を読めばこの表現が誇張でないことがよくわかる)。
厳格や箱入り、堅い家…などとは一線を画す異常さ。理加子に無遠慮にぶつけられる両親からの言葉は到底受け入れられるものではなく、読むほど心が重くなる。

救いは理加子の芯の部分にある強さであり、彼女は呪縛に心身を壊されながらもきちんと社会生活を送り生きている。両親の言葉を天井のシミを眺めてやり過ごし、彼らの介護をきちんとし、すり減った自分を見ないようにする。そして呪縛に冒された頭でも考えることをやめない。
希望を捨てず踏み出して、「ふつう」の社会に殴られる。
とても辛い話である。

理加子は家を出てゆくけど、失われた29年が戻るわけもなく、彼女は「ふつう」への馴染みがない。
やっと、好きなことを考えて好きなように生きていいという前提を掴んだだけにすぎない。

姫野カオルコ氏の作品では、害を与えたものたちが積極的に断罪されることはない。
加害者は社会では「ふつう」だったり、「常識的な模範的な」人々で/ もしくは「敬愛すべき対象」(本書では両親がそれにあたる)だからだ。

加害者は社会性、一般、あたりまえ、等々のことばの隠れ蓑に守られて、そこからあぶれた他者を傷つける。
被害を受けた「ふつうでない」人が社会から「あなたがおかしいんじゃないの」と当然のように断罪される。
断罪している側に断罪している意識はない。
この本のレビューに、「こんな家ない」というようなコメントも来るそうだ。きっと、その感覚が多くの理加子を無意識に傷つける。

著者は、抑圧されて社会の隅に追いやられた弱者を掬い上げて描くのがとてもうまく、こういった小説の読後に気分がスッキリするということはまずない。
それでもこの人々を表にだしてくださってありがとう、という気持ちになるのである。


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